男は親がかりの身で、遠慮もあり、生活力はなし、女を引きとめる器量はなかった。 今の翁まさにしなむや。 出でていなむと思ひて、 いでゝいなむと思て、 いでていなんとて。
」と、誰かがお尋ねになつた時、厭きもあかれもせぬ別れの悲しみに、私が流す淚川まで送つたと答へてほしい。
男は血の涙を流して悲しんだが、女を引きとめる手だてはなかった。
おやあはてにけり。
親あわてにけり そこで親は慌てた。
女もいやしい身分なので、あらがう力がない。
親は慌ててしまった。
本来は死ぬという意味だが、それでは通らないから、通るよう解釈する。
男は泣く泣く、 〔あの女(ひと)が われから去ってゆくのなら なんで別れが辛かろう でもあの女は むりやりに 仲を裂かれて追われていった みのらぬ恋の くるしさは 今までもさりながら それにもまさる 今日の悲しみ〕 と詠んで気を失ってしまった。
月も春もみな昔のままであるはずなのだけれど、その月ももすつかり去年と違つて見えます。
春は過ぎた年の春ではないのか。 いひおこせたる。 「けしうはあらぬ」を容姿が悪くないとするのは、文脈に即していない。
うとくなりにけり。
そうは言うものの、いまだに追い出していない。
第一、「今」であろうと「昔」であろうと、「翁」はそんな激烈な恋とは縁の薄いものである。
なほ思ひてこそ言ひしか、いとかくしもあらじと思ふに、真実 しんじちに絶え入りにければ、惑ひて願立てけり。
そのうちに二人の恋は、だんだん深くなってゆくばかりであった。
にはかにおや、この女をゝひうつ。
女も、使われる身であったので、抵抗する力がない。
今の老人が、このような恋をするであろうか・・・いやとてもしないであろう。 男は血の涙を流したが、どうしようもなかった。 私も共に家をとび出せるものなら、悲しい別れをしなくてもすむのだが。
9そうこうする間に、男の女に対する思いはいやがうえにもまさって行く。
女の方も身分が低いので、奉公先である男の親が決めた事に逆らう力もない。
男は血の涙を流して悲しんだが、それをとどめる手段はない。
忘れるなんてありえない) はかなくも 返し、 中空に 立ちゐる雲の あともなく 身のはかなくも なりにけるかな 返し、 女が返し、 中空に 空の中に、 (泣くそらに。 おれは家にはおれん・居る訳にはいかない、といいながら何を思ったか、良く言えば親を心配してなのか、戻って来た。
13賢い君なら分かってくれると) とよみおきて、出でていにけり。
気立てとかそういう問題ではない。
前者は中立・普通。
男は泣く泣く次のような歌を詠んだ。 やはり(わが子を)思って言ったのだけれども、まさかこんなことになるまいと思っていたのに、本当に気絶してしまったので、とまどって神仏に(息を吹きかえすようにと)願を立てた。
13と歌つて、情が迫つたか、氣絶をしたので、優夫の親たちは狼狽した。
とうとう親の命令を受けた人が、女を連れて家を出て行つてしまう。
の問題もあるので第40段《すける物思ひ》だけ比較してみよう。
いたう泣き この女、かく書きおきたるを、 けしう、心おくべきことを覚えぬを、なにによりてかかゝらむと、いといたう泣きて、 いづ方に求めゆかむと、門にいでて、とみかうみ、見けれど、 いづこをはかりとも覚えざりければ、 この女かく書きおきたるを、 この女、このような書き置きをみて、 (女の書置きではない。
男は血の涙を流して悲しんだが、とめる手だてもない。
あっけない。