昭和30年代の都電の路線図がアップされているサイトを探しています。

広尾線 [ ] 開業以来、天現寺橋から西麻布を経て北青山一丁目までは専用軌道であったが、関連街路整備の一環として()・補助6号線・等の道路敷地として利用されることとなり、街路整備以降は全線にわたり併用軌道区間となった(なお、青山一丁目 - 南町一丁目間など街路中央から微妙に偏心している区間、広尾車庫前のように明確に偏側している区間もあった)。 一方、1937年7月27日にの渋谷駅が玉電ビル(上述の東急百貨店東横店西館)建設のため、・方面と天現寺橋方面に二分され、玉川・下高井戸方面は新築建物の二階に乗り入れることになり、天現寺橋方面は東口の東横百貨店(東急百貨店東横店東館)前に乗り場が新設される。

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都電史年表 09 昭和戦後(昭20~昭37)

1924年5月21日:渋谷橋 - 天現寺橋間開業• すぎなみく• 1906年9月27日:飯田橋 - 大曲間開業• )間開業• (東京さくらトラム) 旧路線 [ ] 区間ごとの正式な線路名称を基準に記し、当該区間または複数の区間をまとめた通称がある場合は付記する。

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都電1

こだいらし• 1968年9月29日:廃止 番町線(10系統) 半蔵門 - 九段上• 1948年(昭和23年)8月〜 6円• 1909年頃:土橋 - 虎ノ門間新線建設のため撤去• 1907年頃:経路変更• 1910年4月19日:吾妻橋 - 中ノ郷間開業• 信濃町駅前 [ ] 南口に、中央線をまたぐ専用橋があった。

東京都電車

1908年6月16日:車坂町(上野駅前付近) - 坂本四丁目間開業• - 1960年代から1970年代にかけて当路線と重複する区間に建設が計画されていた。 1910年頃:経路変更• 1 旅客運転休止中の鎧橋上(112m)の路線を廃止 <(新大橋線)> 都電 〃 昭23. しかし、都電の大規模廃止が実施された時期は、全国的に事業者の経営問題による軌道の廃止が相次いでおり、現状復旧費用が事業者の収支をさらに悪化させる懸念があったことから、特例として軌条の上に5センチのオーバレイ舗装を行うのみで原状復旧とみなしてよいこととなっていた。

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都電荒川線

1903年11月25日:開業• 1928年12月25日:鬼子母神前 - 面影橋間開業• (城東50形)• 毎週末に公開し、車両に沿って停留場を模したウッドデッキを設け、イベントスペースも確保されている。 1929年7月19日:佐柄木町(淡路町) - 松住町間開業• 1957年(昭和32年)4月1日開設。

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東京都 駅・路線図から地図を検索|マピオン

1968年(昭和43年):第三次都電撤去(渋谷駅前 - 北青山一丁目間他6線区)• 1969年10月26日:丸ノ内一丁目 - 日本橋間廃止• 収録・撮影、車内や車内など、幅広い要求に応えている。 また、三ノ輪橋から方面への延伸要望もあるが、具体化には至っていない。

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東京さくらトラム(都電荒川線) 東京都営 路線図

渋谷駅 [ ] 1911年8月3日、前身の東京市街鉄道がまで延伸した際の終点は「中渋谷」であった。

都電1

もともとは13系統が運行されていたが、1948年12月25日に13系統はから四谷三光町交差点でに入る路線に付け替えられ、従来の軌道は翌1949年4月1日より回送用軌道として運用された。 本郷四丁目の須田町方面を本郷三丁目に改称。